TOP > INTERVIEW > 桃生亜紀子 X 柿本ケンサク

インタビュー メイン画像02

それを表現して人に見せることに、いったい何の意味があるんだろうとも思った

まずはこの作品を制作するに至った経緯などから教えていただけますか。

桃生亜希子(以下、桃生)
「結構いきなりだったんですよね最初。柿本君に『実は今度一緒に映画を作ろうと思っている人がいて、その人が今東京にいるから会いにいこう』って言われて、私も『あっ、うん』みたいな。笑」

半ば強引だったんですね。笑

柿本ケンサク(以下、柿本)
「まあ、大体いつも強引ですよね」
桃生
「でもそのときはゆっくり話すことができなくて、そのあと柿本さんの家で今回の話のベースを作った半野さんと話をさせていただく時間をいただいて、ようやく詳しい話を聞くことができたんですけど、細かい部分はまだ決まっていなくて、ただ作品を作りたい熱い気持ちは伝わってくるみたいな状態で。途中で不安になって、柿本君とも『できないかも』なんて喧嘩もしたりしてね。ただ、怖いという気持ちはすごくあったけど、私の中でなぜかやってみたいという気持ちのほうが強くて。この作品には絶対何かあると」

それはどういった部分に感じたんですか?

桃生
「まずは、柿本監督とは今までも何度も仕事をしていて信頼しているというのと、彼からも、私だからオファーしてくれているって言う気持ちがすごく伝わってきたことですね。それと映画を海外で撮るということ自体、私にとっては初めてだったし、スタッフやキャストにも面白い人たちがたくさんいるということも魅力的でした。<UGLY>という経験が自分にとって大きなものになるというのはなんとなく確信があったんです」

そういったスタートからストーリーの内容を固めていくまでは、紆余曲折あったんでしょうか?

柿本
「まあ行ったり来たりはしていてたんですよ。日本でうける内容にすべきかどうかとか、でも海外の映画祭に出したいって話もあったりとか。最初に出来上がった本は日本ではアートだと言われたけど、向こうでは逆にコマーシャルだって言われたり。ま、そりゃそうだろうなってなんとなくわかってはいましたけど、その狭間っていうか、カルチャーの違いっていうか、その中でどういうものを描いていかなきゃいけないのかなっていうことはすごく悩んで。それは大変な作業でしたね」

今回の映画は脚本を見る限り、ある種とらえどころのないと言うか、結論の見えない作品になっていると思うのですが。

柿本
「そもそも今回は完成形が見えるものを作りたくなかったんです。しっかり筋道たててストーリーを作っていくのではなく、考えて生まれることじゃない方向に落としていくみたいな。それは最初の段階で、みんなで話していたことでありこの作品のテーマです。つじつまの合わないことも出てくるんだけど、それを無理に合わせようとするとつじつまの合った話しか生まれてこない。そういう部分を超えた、理屈があってないような超自然的な映画を作りたかったんです」
桃生
「台本が完成したのもかなりぎりぎりでしたよね。私が意見したことで内容が変わって、それをまた私が読んで思ったことを伝えて直しもらったり。それはつじつま合わせというよりも、とても感覚的な作業だったように思います」

ぼんやりとした抽象的なイメージを皆で形にしていったという感じですか。

柿本
「結局、最後まで抽象的でしたけどね。笑」
桃生
「とにかく強い思いのようなものは皆にあって、あとは出たとこ勝負的なところはあったよね。この作品はそれが良かったんだとおもうし、逆に言えばそれしかできないっていうところもあって」

でも俳優としては難しいですよね。それこそエンディングすら変わることだってあり得た訳ですから。

桃生
「実際ちょっと変わったんですよ。当日に」
柿本
「もちろん僕は箱が決まった仕事もたくさんやるし、そういうときは相手のイメージしている箱にちゃんと落とし込むようにしているけれど、今回はドキュメントっぽく撮っていきたいってところがあって。でもそれは、リアリティを出したいというよりは、“僕たちが映画を撮る”というその行為そのものを作品にしたかったということなんです。だからその時その場で起きたことすべてが作品の一部。さっきも言ったけど、どこか用意された結論に落とし込むようなことはしたくなかったんで」

それはみんな共通の意識として持っていたんですか?

桃生
「彼の中にそういう思いがあるっていうのはちゃんと伝わっていました」
柿本
「自分の経験則の中に、思い通りには絶対ならないていうのはあるんです。その都度いろんなトラップがあって、それをどうやって消化していくかというのも含めて、この映画がある。その結果出来上がったものっていうのは“後ろ半分”でしかなくて、そこまでに至る“前半分”がちゃんとあって、それはちゃんと空気感でちゃんと映るんだと思う。台詞とかそういう具体的なところではなく、ただ突っ立っているシーンに漂っていたりとか、何でもない風景に漂っていたりとか。そういうことかなって」

こういった映画では演じ手のパーソナリティが役にかなり反映されると思うのですが、役作りで苦労した点はありましたか?

桃生
「まず自分がどういう状況になったときもその役でいられないと難しいだろうなっていうのは思っていました。この映画のやり方が、とにかくやってみないとわからないというものでしたから。それに、本を読んだときは、彼女に感情移入できないって思ってしまったんです。私の演じる理恵はとても深い陰をもっている子で、そのために私は、ものすごくダークなところを見つめていかなければいけないし、自分の一番暗くて汚い部分とか、そういうものに向き合わなければいけなかった。正直怖いという気持ちもあったんです。それに、それを表現して人に見せることに何の意味があるんだろうとも思ってしまって。でも柿本君は、『今回は、この映画を通して何かを伝えたいとかそういうことじゃないんだよ』って。最初それを理解するのは難しかったけど、だんだんその意味が分かってきたような気がして。それからは、彼女の恐れだったり不安だったり、孤独だったり愛されたい想いだったりが自分の中にしっかりあれば、あとは向こうに行ってどうなっても大丈夫なのかなって思えるところまで自分を持っていけましたね。逆にとことんくらい部分を見つめることで、光とか希望も見えてきたりして。自分の中にたくさん新しい自分を発見しました」

皆さんがパリに到着したほんの数日後、東日本大震災が日本ではおこりました。そのことは何か影響を与えましたか?

桃生
「かなりあったとおもいます。いろんな意味で。この映画に関わるすべてのひとが、これによりぐっと団結したっていうこともあったし」
柿本
「元々僕のやりたかったことが、そのときの空気をどうやって映画に閉じ込めるかということ。今回の<UGLY>は、2011年の3月にしか撮れなかった映画。その日その時しか撮れないものばかりを集めたものになりました。同じものは二度と撮れないと思います」

やっぱり、パリというシチュエーションも重要だったんでしょうか?

柿本
「ある意味、パリありきの映画だったと思います。何年か前に僕がパリに行ったときからストーリーは始まっていたのかもしれません。そこにどんな意味や理由があるのかと聞かれたら、やはり説明はできないですけど」

桃生さんはどうでしたか?終わってみて自分に変化とかエポックな出来事だったとか。

桃生
「やっぱりありましたね。これからの自分の人生に、もう一個勇気が持てるというか、もっと前に行けるというひとつの出来事になりました。この間ツイッターを観ていたら、ミヒャエル・エンデというドイツの作家が書いた文章があって、アートとか芸術にはとても暗いものや毒を表現したものがあるけれど不思議なのはそれがホメオパシー的な要素となって人に勇気や希望や光を与える、ということが書いてあったんです。つまり、闇が光を与えると。少し違うかもしれないけれど、私は今回の体験を通して思えたことに近かった。たとえそこに光が感じられなくても、そこに救いを感じる人もいると。もちろんそうじゃない人もいると思うけど、私にとってはこの体験や映画はそういうものになった気がするんです」

柿本さんはいかがですか?

柿本
「別に愛を伝えたいとかではないし、だめな青年がどうとかということでもないし、この映画はどうとらえてもらってもかまわないんです。単純に面白くなければ、面白くないでいい。ただ、僕らは精一杯撮ったということ。お金もないから、男二人でひとつのベッドに寝たりしながらね」
桃生
「楽しそうだったよね。修学旅行みたいな」
柿本
「頑張ったって言い切れるまで頑張った。それは絶対絵に映ると思うんです。それがすべて。だからあとは見る側に委ねています。すべて映っていますから、映画に」

text : 行方淳